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zoom RSS 尻獣シリラ(後編)

<<   作成日時 : 2017/06/10 19:55   >>

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読み苦しい部分もありますがご了承下さい。前編はコチラ
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第二部「シリラ捕獲作戦」


節約丸

シリラはその後、西浦湾をまたいで、その地域でもまだ人が多いといわれる久家(ひさげ)方面へと向っていた。その姿は、増して青色の部分が濃くなり、まるで赤ん坊のお尻の蒙古斑が体全体に広がったような痣にも見えた。久家に隣接する船越(ふなこし)地域ではすでに消防団が出動し、久家の海岸から消防車が海水をポンプしている最中であった。
海岸脇では地元の顔役的存在でもある最中水産とその親戚である奥目鉄鋼が互いにタッグを組んで、海岸に即席の鉄筋柱を組み立て、申し訳程度ではあるがシリラ侵入対策の準備をしていた。
その頃、愛媛大学南予水産研究センターの研究施設が設置された女呂(めいろ)地区からシリラが試食にしている魚等を調べたデータが山目博士の研究所に送られて来た。同大学の研究拠点事務課でもシリラの苦手な植物や環境等をまとめたデータがそろい、別の角度からシリラの捕獲作戦が企画されていた。そこで興味深い研究がひっかかった。シリラは、生物学的に見てもゴジラのような爬虫類というよりは、象やマナティが突然変異し巨大化したほ乳類であり、その見解は砥部動物園のアザラシの飼育係、越智氏との解釈と同意であった。また、シリラはイルカのような超音波を発し、またそれを吸収する能力がある。先ほどの山目博士もそこに着目したのだった。
水産研究センターから今時珍しいキャブトンのRTS600という旧型のオートバイに乗って久家の海岸へ駆けつけた大学院生の小形イデト(こがたいでと)は、春だというのに日中日光を浴びながら海生物の調査を繰り返しているのでもうすでに日焼けした顔で現れた。単車から降りると、直ぐさまたすきがけした鞄からファイルを取り出し、最中水産の社長の最中一郎にも印刷したデータを届け、最中水産で養殖しているスマという魚を手配するよう呼びかけた。
「シリラはスマを主食としています。今こちらへ向っている新愛媛のヘリからスマの入った網をつり下げ、スマでシリラをつって、なるべく民家から離れた海岸へ誘導し、そのすきに地元の消防団に捕獲してもらいましょう」
「スマで?」
「ええ。亜熱帯の魚を好みます。僕は今西浦湾に沿ってここへ向ってきました。沖の方にシリラの姿が見えます。シリラの上には新愛媛のヘリが飛んでいます」
ここでいう『新愛媛』とは新聞の名前である。つまり新聞取材班のヘリコプターがシリラを上空から撮影しているという訳だ。
「なるほど、そのヘリに協力してもらうのか?」
「そうです、以前僕は研究センターの取材をされたので新愛媛の記者と連絡が取れます。しかもこっちには奇特隊も向っています。どちらにしろシリラを怒らせてはまずいので食い物でつったほうが無難だと思います」
まるでヒーローのように颯爽と現れ、早口で一気にまくしたてる色黒の若者のアイデアに、最中一郎は、「ほいきた!」と心強く返事をした後、水産の冷蔵倉庫二階の休憩室に待機していた作業員二人を呼び出した。そして、データを持った小形を引き連れて、海岸脇に駐船中の自分の船「節約丸」へ乗り込んだ。そして、沖合に浮いている長方形やら正方形の形をした最中水産の数ある小割式養魚の中からスマの要るいけすへ降り、すべてのスマを漁船につむよう作業員へ指示した。ちなみにこのいけすも奥目鉄鋼の作品である。奥目鉄鋼の社長で、最中の義理の弟に当たる奥目治(おくめなお)も固唾をのんで沖合の作業を見守っていた。
「こんな時になんで二人しかおらんのよ」
奥目の横で妻の君枝が心配そうに声を出した。
「シリラが来るのでみんな安全な場所に非難したらしいわ。この鉄柱もここにおる面子で建てたけんもうフラフラじゃが‥」
「お兄さん(最中)大丈夫やろか‥」
しかし、心配する夫婦をよそにシリラはその船の背後に近づいていた。
「やばいど!はよせえ!」
チラッとだけ見えたシリラの顔と思われる部分にギラッと光る箇所があった。それは確かに奴の目玉であった。目玉があったのか! しかしそんなことに構っている暇はない。とにかく急がねば‥
「気合い入れ!」
最中の声がいけすの上で網を引っ張っている作業員へ響いた。好物のスマの匂いを嗅ぎ付けたであろうシリラは、下半身を海中につけながら船越湾を通過したのち久家へ侵入、作業中のいけす目がけてどんどん海中の足を速めている。この異常な事態に、海岸の壁にびっしり黒い影を帯びていた舟虫の大群が、動物的直感で逃げ去るかのごとくサーッと方々に散り、今の今まで真っ黒にメイクされたコンクリートの壁が一瞬で灰色の素顔を表した。
その間、甲板から叫び声をあげる最中の後ろでシリラの様子を伺っていた小形もいけすへ降りて作業員と一緒に網を引っ張っていた。
「兄ちゃん、すまんな!」
「もうすぐシリラが来ます!」
「早よせえ!」
焦りの頂点へ達した最中も甲板からいけすへと移ろうとしたが、いけすを浮かしている発砲スチロールに足を滑らせ、そのまま海へ落ちてしまった。
「あ!社長!」
海岸の奥目夫妻も「落ちた!」と同時に叫んだ。
いけすの上も下もパニックになっている。
「もう!」
古い社員の古田が叫んだ。そして、小形に、
「わしらがやるけん、おまえが助けちゃって!」と指示した。
衣服に海水が侵入してあぶちゃぶになっている最中の手を小形がしっかり掴んだ。しかし、いざ引っ張り上げようとしてもその重みといけすの所々に設置された発砲スチロールのおかげで這い上がるとすぐにすべってしまう。
そのうち大量のスマが甲板へ放り込まれた。すぐさま古田が船室の舵を握った。
「おい、おいていくな!」
海中から最中が絶叫している。さっきまで太陽の反射でキラキラ輝いていた海面もいつしか雲で覆われた空によって光を失い、空は空で今にも雨が降ってきそうなほどどんより色に染まって来た。ドラマとしては最高にして最悪の主チュエーションであるが、溺れる最中にはそんな余裕も感じられない。
しかし、溺れながらもその目にシリラの影をハッキリと確認してしまった。
「来たア!」
海面からの声に小形も思わず振り向いて「アッ!」と叫び、その瞬間うんこでもチビリそうな勢いで一気に最中を引き上げた。そして二人はいけすから離れようとしている船に飛び乗った。
最中はスマと一緒に甲板に大の字になってぶっ倒れ、息を切らせている。
「大丈夫ですか!」
小形が半泣きで叫んだが、最中は、
「長靴が沈んだがな‥」と含み笑いで余裕を見せていたので少し安心した。
間一髪でシリラの魔の手から離れた節約丸だったが、この船を出港した海岸へ降りるとなると、いけすに近いためすぐさまシリラにやられるであろう、鉄工所のある方の海岸へ入稿するよう古田は舵を切ったが、ここへきて、海岸前に建てられた奥目鉄鋼の鉄柱が完全に行く手を阻んでしまった。
「あー!徹夜してわしらが建てた防波堤が遮ってるわ!」
「嘘やろ!?」
もう一人の乗組員で奥目の息子の新一もまさかの展開に驚いている。
起き上がった最中は「本末転倒や」と呟いたが、さすがに御大らしく気丈な態度を見せ、
「最悪全員飛び込んで上がろう」と硬直した笑顔で安直な提案を示した。
「アホか!」
運転席の古田が叫んだ。古田は最中の父親の代からこの最中水産に勤めるベテランで、THE海の男というフレーズがしっくりくる気の荒いいごっそうである。
その間に一人冷静な小形は「あれ?何もスマを持って帰らなくてもいけすに入れておけばシリラがそこへ留まるのでその間に捕まえたらいいのではないか?」と、まさにそっちのほうが本末転倒であると気がついていた。


紫電改の呪い

その頃、小形率いる水産研究センターの一員でセンターに残って小形の指示を待つ後輩の恩地は、シリラが好む周波数を調査していた。
イルカの超音波は周波数20kHz〜80kHzなのでその10倍ではどうか?人工知能によって速攻で作られた800kHzの周波数を聴いてみたが、余りの奇怪音に卒倒してしまった。それから色々計算して行くうちに、整数次倍音を一番好むのではないかという結論に達した。小形の携帯が鳴った。しかしその時、小形は出ることが出来なかった。節約丸はやっと岸に到着したものの、行く手を遮る鉄柱の門に難儀し、取りあえず、その足場に向けて節約丸から新一が飛び移り、甲板の小形から綱を受け取ると、夢中で鉄柱の一本にくくりつけた。そして柱をかいくぐって地上へと辿り着いた。心配しながらかけよる両親に対し「いらんかったがな!」と八つ当たりするようにつっこんだ。甲板から降りて来た小形はすぐさま恩地からの着信を確認すると恩地へかけ直す。その背後には岸へ上がって来た最中のくしゃみが響いていた。
「恩地、何か分かったか?」
「小形さん、シリラの好きな音がわかりました。やつは整数次倍音を好みます!」
「なんじゃそれは?」
「ちょっと説明ややこしいんですが、その辺に黒柳徹子のような声の主がいませんか?」
「黒柳徹子って?あの徹子か?」
「そうです」
「そんなもんおらんやろ?」
「その声が一番効果があるんですがね」
「そうか‥ちょっと待ってて、今そばのおばさんに聴いてみる」
小形は一旦電話を切ると、奥目の妻に声をかけたが、君枝の声は地元民には珍しいわりと澄んだ声であった。
「すみません、黒柳徹子のような声の出せる人はいませんか?」
「黒柳?」
「そうです、後輩からたった今連絡あったんですが、シリラにはその声が一番効果的らしいんですって」「? 意味が分からんが‥」
「シリラはおそらく、哺乳綱海牛目‥というか、ジュゴンかマナティ、もしくはカバかゾウの突然変異による海獣の一種で、その類の水生物が好む音が整数次倍音という、基本の振動音に対し整数倍の関係にあたる音のことです。しかし、そんな音、今すぐ入手は困難です。一番確立の高い方法は、黒柳徹子の声でおびきよせるという方法です」
「そんな夢みたいな話?」
「人工的に音を作るよりも永久に音を発しながら喋りまくる徹子の声が必要なんです」
「延々と分からんが、とにかく、誰かに聞いてみるわ」「お願いします!」
くしゃみしっぱなしの最中を自宅へ通して再び外へ出てきた奥目も、君枝からの要請に困惑していたが、続々集まって来た集落の人間達に今聞いた嘘のような事実を半笑いで説明して各々に聞いてくれた。ほぼすべての住人が首を傾げて吐いたが、この際、笑ってすごせる問題でもないため、とりあえず若者の話に無理矢理納得せざるを得なかった。兎に角いつ岸へ襲って来るか分からない海獣が目の前にいるのだ。すると、
「外泊のスミちゃんとこのおばちゃんがそれっぽい声やった!」
最中水産の裏手にある乾物屋の娘が思い出したように声を上げた。
乾物屋の吉賀朋子(よしがともこ)は、一郎の同級生で、唯一この村に残って隣村のガソリンスタンドに勤める青年のうちに嫁いでいたが、この日はたまたま生まれて三ヶ月の長女を連れて実家へ遊びに来ていたのだ。     
「スミちゃんて誰よ?」
君枝が聞き返す。
「私らより一個下のくわがたの角彦君よ」
『くわがた』とは、そのスミちゃんこと高田角彦の実家が経営している民宿の名前だが、現在は民宿自体は廃業中で、主に釣り船のみを出している地元の老舗である。
「くわがたの、ああ、イトミさんか?」
「ああ、そうそう」
小形が聞き返す。
「その方が黒柳徹子声なんですか?」
「まあ、そういうたら似てなくもない程度やけんど‥」
「シリラもそのうちここまで襲って来るかもしれません、とにかくその人に連絡とっていただけませんか?」
「わかった、今調べてくるけん」
子供をおぶったまま朋子は電話帳で調べるため一旦家へ引っ込んで行った。
その間にもシリラは沖合のいけすの中に手をつっこんで物色している。その上空では新愛媛のヘリが飛び回る。
その時、
「ああッ!」
沖を眺めていた野次馬の中から悲鳴が轟いた。
シリラの上級を迂回していたヘリがけて、シリラを間近に撮影しようと近距離に迫った瞬間、シリラは「ブオッ!」とドス太い音とともにまたしても放屁し、その風圧ならぬ屁圧によって、ヘリがバランスを崩し、シリラの頭部すれすれに起き、海面へ真っ逆さまに落下したのだ。
ジャボーン!!
一瞬にして機体は海中へと引きずり込まれて行った。
「落ちた!」
野次馬の一人が叫んだ。

1978年、この海域の西側にある久良(ひさよし)湾の底に、第二次世界大戦時に追撃されたと思われる戦闘機「紫電改」が発見されたことがあった。翌年引き上げられたこの機体は、かつて豊後水道上空で活躍した戦闘301隊のうちの一機と言われており、現在も愛南町の常設館内で展示されている。
79年、海中から引き上げられる様子を収めようとした新聞社のセスナ機が、突然バランスを崩し、一瞬のうちに墜落、取材班とパイロットが死亡する痛ましい事件が起こった。野次馬の中にはその光景を思い出す人もおり、そのうちの誰かが「紫電改の呪いじゃ」と呟いたが、その直後、シリラの放屁したどえらい悪臭が岸へ漂ってきた。
「ひゃあ、臭い!」
余りの臭さに、野次馬は一瞬にして散りバラになって高台等の安全地帯へ非難した。やがて、イトミさんに連絡を取ったであろう君枝が野次馬と入れ替わるように海岸へ戻って来たが、これまた悪臭を食らってしまい、すぐに引っ込んだ。首にかけていた名産品の今治タオルで鼻を押さえた小形が、君枝の方へついていく。
「おばさん! 」
「ああ、あんた、まあうちへ入り!」
君枝は小形の腕を引っ張り、自宅の玄関へと招き入れた。
「どうでしたか、連絡つきましたか?」
「臭い臭い。ああ、ついたついた」
「本当ですか!」
「でも、イトミさんはおらんくて、娘のスミちゃんが(電話に)出てな」
「ええ」
「イトミさんは県立(病院)に入院しとるて」
「どこか悪いんですか?」
「肺炎やて」
「肺炎?じゃあ声は?」
「出せれんみたいやな」
「エッ!?」
まさかの結果だった。しかし、君枝は続ける。
「ほんでな、あんた、スミちゃんなら母子でおんなじ声やし物真似で黒柳徹子ができるかもしれんて言いよるけん、来てくれるて」
「も、物真似で!?」


ケツコロイヤー

プロパンガスなどを運ぶ農協の軽トラックの荷台に、これまた真っ黒に日焼けした娘のスミちゃんが乗り込んで久家の港に到着した。しかし、ほとんどちゃんとした説明を伺う暇なんかなかった。なにしろ目の前のいけすには、得体の知らない巨大な尻の化物が頭上の肛門に向って養殖のハマチを食い漁っている信じられないような光景が進行しているのだ。
「な、なんどな、あれは?」
不安がるスミちゃんは、額に浮き出る汗を拭いながら小形に尋ねた。小形はスミちゃんのその一声に「! いけるかも?」と確信しつつ答えた。
「シリラです」
「シリラて‥どっから下(くだ)ってきたんよ?」
「それがまったく不明なんです」
下ってきたとは、この地域では「現れた」の意味である。西浦地区独特の方言丸出しのスミちゃんに、読解に困惑している都会出身の学生は、標準語でおおまかに説明しようとするが、おせっかいな野次馬達も一斉に喋り始めたので、たちまちのうちにスミちゃんの周りは報道陣に囲まれたかのように賑やかになってしまったため、巡査の森が制してまとめた。スミちゃんは、突然自宅にいるところを学生に引っ張られ、わけのわからないままこの地へ登場したが、元来おちゃらけの好きな性格だったせいか、その作戦をすんなり引き受けることにした。

スミちゃんは、地元の徒(かち)鮮魚店のトラックに乗ると、徒店主は港の先までトラックを移動し、営業アナウンス用のマイクをスミちゃんへ向けた。
「あーあーテス、テス‥大丈夫?」
「大丈夫、はよやって」
「ちょっと練習してみるわ‥みなさんこんにちは、黒柳徹子でございます」
「ああ、似とる、似とる」
店主のヨイショに気を良くしたスミちゃんは、自らマイクを握りしめ、一呼吸した後、海の真ん中のシリラに向って早速自慢の物真似を披露した。
「みなさまこんにちは、黒柳‥いや、白柳ケツ子でございます」
黒柳徹子本人に遠慮したのか、白柳ケツ子というキャラになりきっている。そして、物真似が開始されると同時に、かすかにシリラの、頭の口の動きが止まった。
スミちゃんはまるで本物の黒柳徹子が憑依したかの如く天才的なアドリブでなおも続ける。
「まあまああたくしはパンダちゃんが大好きなんですが‥怪獣と申しましょうか? お尻の突然変異と申しましょうか? 未確認生物のシリラちゃん、今日のお客様です」
お客様と言われたものの、完全に招かざる客のシリラは、小さな目玉を声の方へ向けて聴いている。
車から降りた店主が沖の方を眺めながら核心を突いたように、
「おい、スミちゃん、ええど。ええど」と励ますと、周りにいた野次馬も期待のまなざしをスミちゃんとシリラに向けた。スミちゃんの神業に爆笑している者もいた。
「ようし!」
スミちゃんは、まるで夕べネタ帳をしたためていたかのようにガンガンアナウンスする。
「わーまあまあこんな巨大な体でつぶらな瞳でほんとにかわいいシリラちゃんなんでございますが、魔法のじゅうたんにのっかって先導したいと思いますので少々お待ち下さい。アブラカタビラー!」
シリラが声に反応し、その方へと体を向けている様子がうかがえたが、しかし岸で見守る野次馬達は大きな問題に気がついた。
「おいおい、スミちゃんに着いて行ったはええが、結局あいつが上陸したらどうなるんど?」
「スミちゃんと徒さんは食われるんとちゃうか?」
「それはヤバい、駐在なんとかせんと!」
「わかった、城辺警察がこっちへ向っとるけん」
吉田巡査がすでに手配をしていたので、警察からのヘリコプターが到着するのにさほど時間はかからなかったが、そこからヘリの着地地点である廃校の中学校の運動場まで、シリラの気を引きながら移動しなければならない。どっちみち、野次馬の避難が要請された。吉田が誘導する。
「もうすぐヘリが到着します。みなさん安全な場所へ避難してください!」
とはいうものの、安全な場所として指定された町内の体育館がこの港に面したすぐ横になるので、逆に海上からの攻撃に不適格ではないかという地元民のざらついた意見が集中し、誰もその場から動こうとしない。一方、山の中腹に建設された小学校の講堂には年寄りがまとまって避難しているが、シリラを一目見ようと山を下りようとする元気な婆もいた。地元CATVのリポーターも体育館の前から中継をしていたが、ヘリの轟音に邪魔されて気のきいた実況が出来ないでいた。
徒鮮魚のトラックは仕方なく、スミちゃんのマイクパフォーマンスを放送をしながら時間を稼ぎ、ゆっくりと山の方へ移動するようにした。
シリラはどこからともなく聴こえる声の主を発見しようとキョロキョロしている。
スミちゃんは精一杯のアドリブでなおも徹子を演じた。
「まあほんとにかわいいシリラちゃんでございますが、東和薬品のジェネリックのマスコットキャラにしようかしら? それともサーカスに売りつけるか? それともユニセフに寄付するか? 咳、声、喉に浅田飴。というわけで今週の第一位、寺尾聡さん『ルビーの指輪』です」
シリラはスミちゃんの、いや、徹子の声に反応し、いとも簡単にその手に持っていたスマをいけすに放ち、他のものに目もくれずその声の元へと向って行こうとしていた。
「ようし、ええどええど」
ヘリの操縦士の操縦桿を握る手にも余裕が見えて機内は笑い声に包まれながらひたすら旋回している。スミちゃんはノリノリでアドリブをかましながらアナウンスを続けている。
「咳、声、喉に浅田飴‥」
シリラがどんどん海岸へ近づいて来るが、自衛隊の戦闘機はまだ到着しない。その代わり上空にはまるで高みの見物をするかのように数羽のとんびがぐるぐる輪を描いていた。
その時、スミちゃんは車中からシリラ移動中の海岸脇の松の大木にしがみついて実況しているCATVではなく地元民放局の若いアナウンサーを発見した。
そこでついついアドリブで、
「まあ、あなた何やってんのこんなところで早くお帰りなさい」
と、アナウンサーに向けて発したところ、シリラも動物的、いや怪獣的直感でその気配に気づいたのか松の木のざわつきにギョロリと目を向けた。アナウンサーはその目玉に強烈に驚き、
「あ! シリラがこちらを‥」と言った直後、しがみついていた枝が折れた。
「さようならみなさん、ぎゃああー!」
アナウンサーはそのまま海面目がけて落下した。
トラックは海岸脇のほぼ崖っぷちのようなギリギリの農道をアナウンスしながら走っている。
「さあこれからシリラちゃんを大海原へ帰して小笠原諸島の怪獣ランドへ連れていこうと思います。というわけで今週の第二位、サザンオールスターズで『チャコの海岸物語』」
その時だった。シリラの頭の肛門から「ナ、プウ〜ン‥」という音とともに悪臭を放つガスが放屁され、それをもろに食らったヘリは落下、徒鮮魚のトラックも臭いのショックに徒店主がハンドル操作を過ち、申し訳程度に設備された錆の目立つガードレールをぶち破り、岸壁へと飛びだした。そして、スミちゃんの「わあ!どうして!」という最後の徹子の声を残して一直線に海中へと激落していった。
最後の最後までスミちゃんは徹子を演じきったのだ。この伝説のくだりは、後々ネット民からはゴジラを死滅された酸素破壊剤オキシジェン・デストロイヤーにちなんで「オキシジェン・ケツコロイヤー」と呼ばれるようになる。
超音波のようなアナウンスが海中へと消え去った後も、シリラはまるで次の上陸先をキャッチしたかの如く、振り返ることなく大海原へと消えて行った。
やがて静まり返った海の果てには、どこからともなく聞き覚えのある歌が流れてきた。それは、神社に設置された火の見櫓に取り付けられた拡声器から夕刻の時間帯によって流される愛媛の歌であった。

♪海がある 山がある 空にひかりがあふれてる
道がある 川がある 伊予のことばが流れてる
ふるさと ふるさと わが愛媛 
ゆたかな自然があふれてる
わかい血潮が流れてる


終焉

かくして空飛ぶ黒柳徹子は海の藻屑と相なった。そしてシリラも同時に人々の視点から消えた。
さて、冒頭の花田一家に戻る。
花田家の風呂場。風呂桶には泡立てた湯の真ん中に小さなお尻がポカリ浮かんでいる。そしてその周りには湯中から止めどなく浮かび上がっては消えて行く気泡。すなわち、お湯の中にはお尻だけ突き出した、首夫の長男で成の弟の空希(くうき)が潜っているのだ。公共のプールなんて気のきいた施設もない漁村で育った少年は、幼年の頃からすでに海で泳ぎ、潜水を身につける。六才の空希も湯船に潜ることを最近覚え、こうして毎晩のように先に湯に入っては尻を突き出し、次に入って来る者を驚かすのが日課となっているのだった。小学校一年生の天才ぼうやは湯の中で様々な空想を創出していた。今晩のそれは以上のような怪獣‥いや「尻獣(けつじゅう)シリラ」である。一方、湯気の向こうに立った父と娘は「またか‥」というような呆れ顔で苦笑いしているのだった。

以上が、シリラ事件の全貌であります。つまりこのお話は、空希君の空想と、多少の私の脚色を加えただけの話であります。




★このお話は【大怪獣チャランポラン祭り 鉄ドン】にて上映されたアニメ映画『シリラ』の原作です。


2017年8月26日映画『劇画家後家殺し!』よるのひるねにて上映!同時上映『シン・シリラ』(予定)

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尻獣シリラ(前編)
★ノヴェライズ版『シリラ』 ...続きを見る
黒のマガジン
2017/06/18 19:44

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
すごいすね これがショートフィルムとは おそろしい 台本の量
文量がえげつない
2017/06/17 18:11
くっさ〜えげつな〜がおお〜
これで3:30。完全版は7分弱です。
カレー食いたいね。
えげつな〜
2017/06/23 20:38

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