残った人1

昨日はめでたくドグマ出版主催のお花見会もありまして、久方ぶりに各執筆者たちの顔も見れてとても楽しかったズラ。明日からの現実には目をそむけたいですよ。やだね~


最近読んだ本の話です。
数年前から行きつけのぼんくらブックストアのやや危な目な棚に『自殺されちゃった僕』という救いようのないタイトルの単行本がずっと一冊だけ置いてあった。
僕はこの本屋へ行くたびに「読んではいけない」と思いつつも素通りすることが出来ず、毎度立ち読みをし、いつしかその本を読むがためにそこへ向かいようになるのだが、決して買う行為にいたらなかった。
しかしいずれはこの本は買わねばならないという運命的な出会いであることは発見したときから薄々感づいてはいた。
そしてつい先週、ふらり立ち寄った古本市場で、この本が文庫版となって売られていたのだ。意を決して(というか安かったので)ついに買ってしまっちゃった僕。

著者はYという男。
タイトルどおり内容は、この男の一番親しくしていた漫画家やライター、そして愛する嫁さんまでが次々に自殺していき、残った僕は・・・?というほんとに明日も明後日も未来もない、どうしょうもない話だ。

なぜ自分はこの本を買ったのか。
まあ単純に興味があったから・・・というのが正しいのかしら。
しかし一番ひっかっかったのは、この著者の名前に懐かしさを感じたからである。
この本の著者、Yという男こそ、かつての僕の上司なのだ。
登場する自殺した人間たちとも若干の関わりが自分にもあった。
つまり、知ってる人の自殺を書いている本なのだ。シェー怖い!


漫画家=ねこぢる
自殺した漫画家とはねこぢるのことだ。
もうかれこれ死んで10年経つ。
その知らせはまずタルワキから聞いた。
当時(98年ごろ)僕は出版社のTという編集プロダクションで働きつつ、創刊されて間もない月刊タルワキの編集を、タルワキ君と共同作業したり、何かと変なことばっかりしていた。
ある日、友達のYさんに会いに、編集事務所に小柄なお姉ちゃんが現れた。
お姉ちゃんはトランス系のCDをいっぱい買ってきて、談話室でお披露目するのだが、あるCDだけ同じものを二枚買っていて「いやだ~ショック~・・・」と半べそになっていた。
それがねこぢるとの出会いであった。

『自殺されちゃった・・・』には、この当時のねこぢるのことが書かれているのだが、よくよく読んでみると驚いてしまった。
ねこぢるのエピソードの枠に、数行ではあるが僕のことも書いてあったのだ。自分でも忘れてたしょうもない僕のほとんど寒いエピソードを、Yさんがねこぢるに話してそれを漫画にしていたというお話だ。
売れっ子だったねこぢるは、ネタに詰まると身近な人間のしょうもないエピソードを4コマに描いており、その中に自分も登場したというのだが、恐れ多くてその現物は実際何本現存しているのかまったくわからない。

そしてそのだんなのねこぢるyこと山野一氏も、同じ頃事務所で会った。
やけにハイカラな格好のおしゃれなねこぢるとは違い、山野氏の登場は、いきなりコンビニのおにぎりを持った地味な男が入ってきたので、ある意味ねこぢるよりも印象深かった。
僕はこの事務所に配属されて数ヶ月はあんまりなじめないでいたが、1フロアに凝縮された二人の編集者と初めて共通の話題が出来たことがある。それはみんな見事に『ヒヤパカ』を読んでいたのである。
山野さんの作品集の中で最初に読んだのが『ヒヤパカ』で、『四丁目の夕日』は学生時代後輩に借りて読んで非常に感銘を受けていた(黒座敷でも一部パクっている)ので、編集部で初めて盛り上がった記憶がある。

やがて、山野さんを巻き込んで、Yさんの本にも書かれてあったすさまじい事件が起こる。
家庭内トラブルで、ねこぢるが山野さんに切りつけ、飛び出した山野さんが事務所に駆け込んできたのだ。
Yさんは取材で出かけなければならないので、山野さんを自分の部屋に寝かせ出て行った。
事務所には山野さんと僕しかいなかった。正確には二人の編集者もいたが、たまたま同時に席を外していたのだ。少し時間が経った時、僕の机の前の電話が鳴ったので、出るとYさんだった。
「山野さんは寝てる?」
「寝てますよ」
「ねこぢるさんから電話あった?」
「いえ、ないですが」
「いいか、もしねこぢるさんから電話があっても絶対山野さんを出したらダメだよ!」
いつも落ち着いた口調のYさんがかなり切迫した感じで言ったので、事情を把握できてない自分は、なにやらヤバイものを感じて、
「は・・・はい・・・」
と、そこまで喋った時、隣の部屋の山野さんが寝ているほうの電話が鳴った。
Yさんは、「他の電話誰か使ってる?」と続けるが、なんせ寝てる部屋で電話が鳴ってて、他に誰もいない状態で、「誰か電話使ってる?」と聞かれた僕は一瞬パニックになった。
「あ・・・エート・・・今鳴ってますが・・」
「僕が帰るまで山野さんを寝かせておいて、ねこぢるからの電話には出しちゃダメだから!」を連呼し電話を切った。
そしてYさんからの電話の後、急いで鳴っているほうの電話に出ると、案の定ねこぢるだった。
「山野いるでしょ?」
「いや・・・いませんよ」
「いるのはわかってるんです」
「いや…今寝てますので・・・」
「起こして出して!」
「出せません!」
このやりとりが延々続き、ようやく帰ってきたもう一人の編集者にバトンタッチし、僕は逃げた。
この時点では僕は、なぜ山野さんが寝ていて、ねこぢるが追いかけ、Yさんがあんなにかたくなに引き合わせないようにしていたのか事の真相が把握できていなかった。
10年経ってこの本を読むことで真相が理解できたってもんだ。確かにあの時は、事務所全体タダならぬ雰囲気で、普段温厚なYさんですらめちゃ口調激しく怖かった。


そうした事件もありながら(とにかくこれ以外にもなかなかトラブルとハプニングが絶えない現場だった)も、僕はその後、編集部を外されてしまった。本社へ移ったはいいが、ほとんど何をするでもなく、ワンマン社長のお眼鏡に適うこともなくやがてクビになるのだが、タルワキの発行だけはずっと続いていたので、資料を借りに出版社にはたまに顔出したりしていた。
そして5号を作る段階になって、ねこぢるが自殺したことをタルから聞いた。
「エッ!! まじか!?」
「知らんかったん?だいぶ前やで」
えらいショックだったが何もすることができない。それほどの関係でもない。元いた編集プロへ連絡しようにも、すでにその死からは日が経っていた。
できることといえば、タルワキの余ったページをねこぢる追悼にして何か書くぐらいだ。
僕は出版社時代に集めていた各資料を引っ掻き回し、何か参考に出来るものはないかと漁った。
そして唯一ねこぢる本人から事務所にFAXで送られてきた4コママンガを発見した。
自分がボケでYさんがツッコミ(ブチ切れ)という実際起こった話をマンガにしたものだった。
笑うに笑えない内容だが、じーっと見ているうちに不謹慎だがなんかおかしくなってしまった。
「本人は死んでも作品=笑いは残るなあ・・・」

やがて、タルワキ5号(特集・岡本夏生)はねこぢるの追悼記事を1ページ掲載し無事発売された。
しかし・・・こんなところで追悼されても誰も喜ばないし、この即席の記事にしろ単なる自己満足にすぎないことはわかっていたし、印刷が上がると、自分が4コマのモデルになったことを自慢しているような言われ方もした。
とはいうものの、自分が初めてプロの漫画家に自分の話をマンガにしてもらい喜んでたのもつかの間、今度は自分の作る冊子でその漫画家の追悼を企画するという前代未聞の貴重な体験は、この先の人生において、もうないだろうと思われる事件の一つである。シェー!


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2につづく

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