追悼された野次馬 アカセ死す。

赤瀬川原平が死んだ。つい先日、京都のありの文庫へ営業妨害のごとく立ち寄った際に「路上観察学入門」だったかが置いてあったので「あれ?最近、赤瀬川どうなったんだ?」と思ってた矢先の訃報だったので親戚死んだぐらい驚いた。安西水丸が死んだ時も驚いたが、そういや水丸のマンガの文庫本もありので買ったなあ‥。

◯食欲のなくなる『お座敷』
『お座敷』といえば、赤瀬川原平の代表作【櫻画報】と並ぶ迷作のマンガである。
これ、出会いはかれこれもう三〇年近く前で、文春文庫のビジュアル版「マンガ黄金時代」なる文庫本に収録されていたのが初体験だ。買ったのが確か中三の頃で、所属していた運動部の顧問の先生んちへ三年生部員が呼ばれて慰労会みたいなのをやって、その行きか帰りかに寄った【ほりや】という本屋でゲットした。
当時、田舎住居の能天気極楽坊主に、このとんでもない内容だらけのマンガ集はインパクトが強すぎた。水木しげるやつげ義春はかろうじて知っていたが、林静一や辰巳ヨシヒロ、つげ忠男など、ガロ&COM系の作家たちの応酬に、いかんせんメジャー系の雑誌のマンガ以外知らないガキにしたら、かつて見たことないような作家名とジャンルのマンガばっかり。一作読むごとにため息が出るほど衝撃的だった。こんな本買うのは俺だけだろうと思ったが、その部活の部長のノボルさんも買っていた。
この本の作家陣の中でも一番の掘り出し物が、赤瀬川の「お座敷」で、当時クラスの一部の物好きがこのマンガを読み回し「さっぱり意味が分からん」と頭を悩ませた。僕に至っては、晩飯前に読んだらなぜか食欲がなくなったほど理解に苦しんだ。いまだにこの本は引っ越しのたび、僕の部屋の本棚に収まっている。
しかし、正確な話をすると、「お座敷」というマンガの存在は、実は小学生の頃から知っていた。
隣村に唯一存在していた町民会館内の図書館で日本のマンガの歴史みたいな本が置いてあって、本の中に印象的なコマが載っていたのだ。それが、このシーン→画像
「なんかこのコマ変なの~」と思いながらもやたらこの2コマ1シーンが少年時代の脳裏に焼き付いていたのだ。その数年後、奇跡の再会! 「あっ!こ、このシーンは‥!?」と、中学時代はほとんど忘れられていた記憶がじんわり甦った。そして全編読む機会に恵まれ、またしてもただでさえおかしい頭がおかしくなって現在に至る。


◯宿毛に潜む『櫻画報大全』
これは新潮文庫で出てたのを買ったのがやっぱり中三だ。この画報で僕は風刺という言葉を覚えたもんだ。
画像『お座敷』以来、赤瀬川原平の正体が妙に気になってはいたが、ネットもない田舎では、それ以外に情報がまーったくないので、またいつもの田舎のボンクラ学生に戻り、友と遊んでいる間にその名前も一瞬忘れつつあった。そんなある日、隣の高知県の宿毛市という町に買い物に出かけ、何気なく入った本屋で文庫本を発見してしまった。どう考えても引き合わされたと思うくらい見覚えのある「赤瀬川」の文字。手に取ってめくってハッと気づいた。
「うわっ!『お座敷』の人じゃが!」
迷うことなくレジへと直行するのだった。そしてこの本と一緒に買ったのが、糸井重里の「牛がいて人がいて」という文庫本で、これは特に糸井の文章が読みたかった訳でもなんでもなく、単に、湯村輝彦のマンガが載っていたという理由で衝動買いしてしまった。ど田舎の中三のガキがこの二冊を買う時点でもう自分はあっち側の人間になってしまっていたのだろう。可哀想に道をふみ間違えてしまった。以後現在に至るまであっち側から戻る事は出来ない。


◯オリジナル櫻画報???【お布団】

さてその文庫版「櫻画報大全」は、当時一時的に発足していた「異色なマンガを読む会」の同期に回覧し熟読していくうちに、この赤瀬川なる作家は、なかなかの要注意人物であることを薄々感づき始め、会の中ではまるで暗号のごとく「アカセ」と呼んでいたが、同会にはアカシという同級生もおり、若干ややこしかったりもした。
やがてアカシ‥じゃなかった、アカセの印象は、なんとなく僕個人の憧れの存在となり、当時これまた一時的に流行った「異色なマンガを描く会」にも影響を及ぼした。僕は同会の主将MOS貴之君が、『お座敷』を間違って『座布団』と言ってしまったことがすさまじく面白かったので、それを頂戴して『座布団』というタイトルの画報を作ろうと試みた。しかし、すでにそのMOS君が『ざぶとん人間』というマンガを発表した後だったので、タイトルを『お布団』に変更した。ちなみに『ざぶとん人間』の内容は、水木しげるのマンガでおなじみの、出っ歯の眼鏡もどきの中年男が「会社に居ても所詮は人の尻に敷かれて生きる座布団のようなものだ」という哲学的な理由から漫画家を目指すが、結局編集者からマンガをボロクソにけなされ現実に気づいた時に、歩道橋から原稿を放り投げてそれが舞っているというラストシーンが切ない、まさに水木の短編作品のような傑作であった。中三でこの表現!素敵だぜMOS!
一方、僕の駄作の『お布団』は、本家に比べるとどうしようもない内容で、3回目の特集に至っては、同級生から送られて来た年賀状で面白いやつを分析するという内輪丸出しの気分誌であった。気が向いたら文庫サイズのノートに毎回2ページほど書いてノートのまま回覧するという画期的な読書方法で、数十ページは作ったのだが、途中でネタが切れたか飽きてしまったのか、後半は同級生をモデルにした全然違うマンガ【ヤランスフォーマー】が掲載(というか執筆)されている。
『お布団』3号の、面白い年賀状の大賞に選ばれた同級生の清水君から送られて来た年賀状に書かれたうちの住所は凄まじかった。通常なら狭い地域内なので「◯◯町◯泊」だけで到着するのにも関わらず、ご丁寧に「宇宙銀河系~」から延々三行ぐらい住所が続いてるので、家族にも大いにウケた。また後々知った話であるが、清水君は、近所の知合いが働く郵便局内で自分の書いた年賀を見られるのがスコブル恥ずかしかったらしく、元旦の早朝に各同級生の家を自転車で回って配達したという涙ぐましいエピソードを残している。そういえば、パソコンなる物をいち早く購入したのも彼で、僕が高校時代に撮ったホームドラマでは、オープニングのテロップやスタッフ&キャストのクレジットをパソコンで入れてくれた縁の下の気色の悪い生き物だ(「お座敷」でそういう物体が出て来る)。
★何にも面白くない【お布団】
画像画像画像
※後半別のマンガになるがこれもなんも面白くない(画風は今と変わらず)。目玉を地面にすり寄せているのがノボルさん。出っ歯のキャラはMOS考案。








◯ちんちんが主役の『おざ式』
さて、そうこうしてる間に高校生だ。異色マンガの会は、同じ高校に進み、それぞれバラバラのクラスになったが親交は続いていた。進級早々アカシがつげ義春の「必殺するめ固め」を手に入れ、これまた大流行となった。いや~過去形ではなく個人的には今でも流行しているかも。
「木造モルタルの王国」を買った日も独特であった。その日僕は夏休みだったか春休みだっ画像たか忘れたが、兎に角大阪の祖父母の家に遊びに来ていた。そしていつものように一人で梅田の紀伊国屋書店まで出向き、たまたま発見した『木造モルタル~』を買ってしまった。結構大きめの本なので手提げ袋に入れられ、持って帰ってさて読もうと思ったまではよかったが、家には誰もいないのか鍵がかかって入れず、仕方なく裏口へ回るがそこも開かず。思い切って裏から壁伝いに二階のベランダへ登ったら、運良く鍵が開いていてすんなり侵入できた。帰宅したおばあから「なんや、そんなに簡単に入れるんか!」と呆れられ、翌年に訪れたら二階のベランダの鍵が二重になっていた。
それにしても、手提げ袋を下げたままでよく二階まで登れたな。こんな技が出来るのならわざわざクソ暑い夏にはできないから春だったかも。しかし、二階のベランダが網戸だったから夏? まあどうでもよいか。
そしてやっぱりこの本に収録された「ガロ」名作選の中でもアカセは輝いていた。何しろ今作は『お座敷』ではなく『おざ式』なのだ。今更説明する時間もないので省略するが「ねじ式」のパロディにしても、主人公の少年をちんちんにしてのには脱帽ちゃんだ。実家へ帰ってすぐさまMOSに読ませたら、おなじようなマンガを描いてくれた。同期の中でもアカセの画風に一番近かったのがMOSの絵だった。
しかし、ちんちんが主役の劇画って‥もうなんでもありだな~。


◯少女都市と唐十郎
画像PARCO出版の「唐組」という状況劇場の写真集を買ったのも高校時代で、過去の上演作品のポスターも掲載されていたが、ここでもアカセの描いた「少女都市」のポスターは俄然素敵で刺激臭てっぺんであった。海のような場所からキャラが登場する設定は、アカセマンガではおなじみである。学校の図書室に箱入の「唐十郎全作品集」なんか置いてあったので、なんかよくわからんがアングラ芝居の戯曲を読んでみようと、何気なくに借りて読みふけった時期があった。根津甚八や小林薫は知ってても、唐十郎の顔なんかほとんど知らないまま、これまた春休みで訪れた大阪にてクソ生意気にも写真集まで買ってしまったのである。しかし、状況劇場なんて映像がないから如何なる劇団なのか見ることも出来ない上に、唐十郎を知った時には既に状況劇場は解散していた。運良く新たに唐組を立ち上げ、NHKのBSで演劇を放送するのをテレビ欄で知ったので、近所のBSが入る家に頼んで「電子城」と「ジャガーの眼」を録画してもらった。多分実家にビデオがまだあるだろう。
それから二十数年、何の因果か、つい今月半ば、たまたま寄った古本屋で「少女仮面」の文庫本が売ってて「なんじゃこんなもん出てたのか!」と唐十郎の戯曲に文庫本(しかも角川書店)があることを店先で知った。買ったら「少女都市」も収録されていたので、昔を思い出しながら懐かしく読んでいる途中だ。


◯やがて時は流れ‥
高校時代には、アカセの文章にも興味を持ち始め「東京路上探検記」や「妄想映画館」などの著作も買ったりしたが、「円盤伝説」はアカシに貸したまま行方不明になったような気がする。
そして90年代に入ると、アカセを結構知っている奴がいるという田舎では考えられないような変な学校の変なサークルへ入った。同じアパートに住む二年先輩の熱狂さんというカメラマンの部屋に寄ったら『超芸術トマソン』が普通においてあって、熱狂さんはその本の表紙を見ながら「こんなことやられたらかなわんよな」と笑っていたが、確かにかなわんな~と思った。
熱狂さんが卒業して部屋を出ると、一年後輩の藤本和也君が入って来て、彼は僕なんかよりアカセに詳しく、同じアパート内なので、しょっちゅう著作を借りに行ったりした。当時の藤本君の部屋は一番身近な貸本屋であった。ちなみに彼はアカセの著作にちなんだ「カメラが欲しい」という名作マンガを描いている。
画像僕は僕で94年頃に撮った「ザ★スキャンダル」という自主SF(スコシフカイ)映画のタイトルバックにもアカセの描いた鉄腕アトムを無断拝借したり、アカセの発明した宇宙の缶詰を作ろうと、カニの缶詰のラベルを缶の内部に貼付けたりという無駄な抵抗ばかりをしていた。この頃になると、アカセの画風は、僕らが夢中になっていた時期よりポップでかわいい一筆書きのようなものへと変化していったが、それはそれでまたよかった。数年前には神戸の古本屋でジプシーブラッドの「ろっこうおろし」のポスターをもらって藤本君にあげたりもした。このポスターの画風は昔の物だった。
近年ではその昔、追放された朝日ジャーナルに、久しぶりに「櫻画報」を描き話題になったりもしたが、いつしか表舞台からは遠のいていたら訃報て‥老人力でずっと死なない人だと思っていたが‥
残念ですね、ほんと。

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この記事へのコメント

ビッグ・ボスマン
2014年11月05日 23:23
顔画さん、こんばんは。
自分もです!中学時代に『マンガ黄金時代』買いました!(同じく文春文庫の『幻の貸本マンガ大全集』と一緒に購入)しかも、『お座敷』目当てで!
小六の頃から、古本屋で『ガロ』をちょくちょく買っていたので『お座敷』の存在を知っていたので、発見した時は感激でした(笑)。
さらに、授業中、ノートに『お座敷』の機動隊を描いていました・・・。
さすがですね~!
2014年11月07日 12:37
そうですよね~知ってますよね~ってなんとなく直感しました、ありがたいです。
しかし小六で『ガロ』は奇特というか重傷というか‥‥早い話が「こっちチーム」ですね~笑。機動隊難しいですよ、しかもあいつら顔ないしね。『お座敷』いまだに逆トラウマな漫画です。最近出た河出書房の文藝別冊買ったら四方田犬彦が解説書いてましたが、読めば読むほどほんと変な気分になるですよ。
僕も恐縮ながら無理矢理追悼の意を込めて最近作った短編アニメで機動隊を登場させてしまいました。
『幻の貸本マンガ大全集』巻末の長井勝一&桜井昌一対談は貴重ですね。でも桜井の劇画が載ってないのはやはりヘタすぎたからでしょうか‥嘘嘘。

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