バスに乗った鶏弁

過疎の村に住んでいたとはいえ、一応これでも僕が十代の頃はちゃんと小学校も中学校も地元に存在していた(2011年に両方閉校)。しかも中学時代は山奥の新校舎でスクールバス登校でもあった。朝は隣町の端から順番に生徒達が乗り、下校もまた隣村の方から順番に下車し、僕らの地域に向うのはほぼ後半なので、部活で帰りが遅れようものなら辺りはすっかり夜になっていた。
そんなこんなのスクールバス通学、隣村の海岸沿い地区の生徒が降りる時間帯、いつも決まって港を歩いている年齢不明の女の人がいた。その女は、緑と赤が入り交じったような派手な衣装と派手な化粧で毎度毎度海岸を散歩していたが、素顔が地味過ぎるのか、メイキャップばかりが浮いて見え、まるでお化けのような顔をしていた。
ある日、いつもなら自転車通学の学校近辺の家のH君が、たまたま誰かの家へ遊びに行くかなにかで一緒に乗り合わせた際にその女を見つけ、「あ、あききょがおるが」と言った。「あききょ」というのがその女の名前なのか? 僕はすかさずH君に「あれ誰どな?」と聞いた。Hは「あいつ頭おかしいけんな」と田舎独特、いや毒々の言い回しでその女をアホ呼ばわりしていた。なんでもあききょの本名はあきえだかあきこだかそなんなふうな名前で、なぜあききょになったかというとこれがまたアホな子供が考えそうな流れだった。学年が一つ下のあきおという奴のお母さんの名前があけみだそうで、そこからあきおは「あけきょ」と呼ばれるようになり、あけきょという名が一人歩きし、誰ともなくその女をあききょと呼ぶようになったという、まったく説得力のない話だ。なぜ「きょ」なのかもよくわからん。当時の田舎は意味不明なあだ名がほんと多かった。無毛症の同級生が当然ハゲと呼ばれていたが、それがいつしか「なまはげ」になり、そのうち「生ビール」になり、最後は「ビール」に進化して行ったまではなんとか説明がつくが、特に女子は「あさこ」→「あたこ」→「あたんぴ」→「あたんこ」→「おたんこ」→「うんこ」と完全に問題になりそうな進化論がまかり通っていた。小学校時代は職員会議でも議題に上り当分あだな禁止令が出たくらいひどいもんだった‥でもって勢い余ったクソガキ等は、近所の一般市民にまで勝手な呼び名をつけ、その犠牲者の一人が先のあききょである。
しかもあききょがなぜ狂ったのかというエピソードなんか、子供の頃飼っていた雑種犬が夜中に吠えて近所迷惑なのにブチ切れたあききょの親父が犬の胴にその辺からパクって来たブロックをくくりつけて海に放り投げてからあききょはおかしくなったというすごく信憑性に欠ける内容であったが、夕方になると犬を探しに海岸へ出て来るそうだ。とにかく、いつの時代にもその土地には狂ってしまった人が数人いたのは確かだ。

さてさてそれから時は流れて高校時代、僕らはバス通学にサヨナラし、自力で自転車こいで山を越えて高校へ向う毎日が続いた。当時から映像に興味のあった僕はビデオカメラがいじれるというので仲良し数人とちょっとの間放送部に在籍していた。ある日、土曜の昼に当時大ヒットしていたほっかほっか亭の鶏肉弁当=とり弁を買うため高校の近所の弁当屋へ行った。店のおばちゃんらも土曜の昼はとり弁が鳥だけに飛ぶように売れるので生徒が来るとすぐ出せるようにとり弁をだいぶ用意していた。そしておばちゃんの予想宜しく僕や他の部員はいつものようにとり弁にしたのだが、一緒に入部していた幸一がその日に限ってかき揚げ弁当を注文した。意表をつかれたそのメニューは若干時間がかかるようで、先に出来ていたとり弁チームは幸一のかき揚げ待ちとなった。そしてその時、かき揚げ待ちをする僕らの前にすっかり忘れていたあききょが現れたのだ。「あ!あききょ!」と心の中で叫び、その直後、懐かしい気持ちになった。あききょは相変わらず変なメイクと赤い服で僕らの目の前に立ち忙しい様子のおばちゃんに「海苔弁一つ」と注文した。初めて聴くあききょの声だった。声だけ聴くととても狂った人間のようには思えないほど普通の声であった。しかし、その後「ハイ、とり弁お待ち~!」と、僕らと同じとり弁があききょの前に出された。海苔弁ととり弁のよくある間違いであった。ところが、あききょは何の躊躇もなくとり弁を受け取ると金を払い出て行った。僕は「あれ?海苔弁じゃなかったかな?‥あ、俺の聴き間違えか‥」と思ったが、たまたま一緒に待っていた相撲部のKさんが「あの人海苔弁って言うたよな?」と言ったので、すかさす「そうよね?店のおばちゃん間違うたよね?」と同調した。結局あききょはバカなのでどっちでも大丈夫という勝手な解釈で結論が出たのだが、とり弁のほうが海苔弁より50円ほど高いのであききょは損したことになる。でもバカやから大丈夫ということだ。しかしそこで又一つ疑問が出た。あききょはどこでその弁当を食べるのだろう??あききょの住んでいる村までは弁当屋からバスで20~30分はかかるんじゃないか?となるとあききょはバスの中で食べるのか?それともその辺の公園かどこかで食べるのか? 家までもって帰ってすっかり冷めてしまったまま食べるのか? バスの中で食べようとしてそこで初めて中身が海苔弁じゃないと分かったらあいつは発狂するのか?? それとも泣き寝入りしてとり弁を食べて「うまい!」と思うのか? 色んな思いが頭をよぎったが、結局最後はあききょはバカやから‥‥この結論に達するうちになんだかとてもあききょが気の毒に思え、すごく切ない気持ちになってしまった。
それからもう20年以上が経ってしまったが、実家へ帰った際、隣村の、今じゃすっかり舗装され、広くなってしまったあの海岸沿い通る度に、ここをフラフラ歩いていた謎のあききょを思い出してしまうのである。

一方、あききょも食べてしまったであろう、ヒット商品のとり弁だが、全国のほっかほっかで買える商品ではなく、都会じゃなぜか売ってないのですごい淋しいです。
これが噂のとり弁よ♥
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