コロナとアニメの影響

コロナの影響で、仲間意識の強い地元集落の同級生から「大丈夫か?」というメールが来たり、こっちからしたりというやりとりがほぼ毎日続いている。神戸も緊急事態は解除され、町中の人の数も増えつつはあるが、愛媛は先日のクラスターもあったのでもうちょっとだろう。僕の知合いも松山でBARをやっているので早く安心して営業できるようになってほしいものだ。そして僕も今年は実家に帰りたいものだ。
で、もって先日、映画『ミクロの決死圏』の中古ブルーレイを買ってしまった。所謂SF体内珍道中といった傑作であるが、手塚治虫はこの映画を公開当時(1966年)見て、自分が鉄腕アトムで描いたエピソードのパクリだ!と憤慨したという。勿論製作した21世紀フォックス側も一応手塚には「『アストロボーイ』での1エピソードを使わせてもらいたいのでたのんますわ」という趣旨の手紙を出していたというから、正式な契約はしなくてもオファーはしたという言い分はあったみたいで。まあ今も昔もそういうことはよくあるわけですよ。手塚繋がりで今回はアニメの話です。


★ディズニーよりもこっちがよい。
ベティちゃん.jpg
ポパイの著作権はなにかと複雑であった。アニメは元々ベティちゃんと同じマックス&デイヴでおなじみフライシャー兄弟のフライシャー・スタジオ制作でデビューし、そもそもの著作権はキングフィーチャーズ・シンジケートだかなんとかかんとかであった。このなんとかかんとか、フライシャーとの契約書は、アニメの製作者は公開から10年後に作品のネガ等やコピーを廃棄処分するという現在じゃ信じられないような内容だったらしい。もっともネガはその後、別の会社(パラマウント)がフライシャースタジオを乗っ取り、処分されることはなかったので現在でも視聴が可能だが、フライシャーで作った作品も無理矢理制作社名を変えられ、さも新作かのように出回った。まるで同じ作品をタイトルと奥付を変えて再出版する貸本屋のやり口だがね。僕が見ていたポパイもこの、後期輸入ものであったと思われる。
 高校生の頃だったか、地元の公民館の図書館で借りた筒井康隆の「ベティ・ブープ伝」という本の中で、昭和初期に日本公開されたベティちゃんの映画のチラシが掲載されていたが、ミッキーマウスやポパイの画像の部分がなぜか切り取られ、注釈で「版権の関係で削除した」と記されており、当時はその意味がよくわからなかったが、大人になるにつれ、それはよく云われる「大人の事情」だということかわかってきた。「ベティ・ブープ伝」は1988年に刊行され、92年に文庫化された際にもポパイ等の画像は切り取られたままの収録である。
 フライシャー時代のポパイは、初登場がベティちゃんのアニメでのゲスト出演で、その顔も原作を可愛くした黒目にフライシャーの手に描かれたものなので、同形のベティちゃんと共演してもなんら違和感が無かった。しかし、その後他所へ渡ったポパイは、描き手も変わったので若干変化している。確かに子供の頃に見たアニメの「ポパイ」って色んな種類があったな〜。サンテレビの夕方によく再放送してたやつは、ポパイに白目もあるやつで動きもリミテッドではあったが、わりとこっちのシリーズが好きであった。NHKで見ていたバージョンは、ハンナ・バーベラプロの制作したもので、また黒目のポパイに戻り、絵も原作に近いのだが、個人的にはサンテレビ版より好感が劣っていた。声優もサンテレビ版は、元はTBSで「オバケのQ太郎」の前番組として放送していたものの再放送で、ポパイの声優は浦野光、ブルートが熊倉一雄であった。地元で見ていたNHK版はポパイが高松しげおで、ブルートは小松方正だったが、途中から声優が交代し、聞き慣れない声に困惑した思い出がある。
 ロビン・ウイリアムズ主演の実写版「ポパイ」は、ポパイの声をいかりや長介、ブルートを石田太郎があてていて結構よかったと思うが、惜しくも二人とも亡くなった。

どんっ(衝撃)誰も見てなかったバッタ君
 「ポパイ」と同じく、子供時代にテレビで見て忘れられないアニメ映画に「バッタ君町に行く」という素晴らしい作品があった。製作されたのは1941年で、日本公開は1951年である。このアニメのすごいところは、ストーリーの面白さや、バッタ君を始めとした虫群のかわいらしさもさることながら、夜道を歩く大人や缶蹴りする子供達など、人間の動きが実になめらかな点だ。初めて見た時は、その動きのなめらかさに、実写の人間をフィルムに焼き付けているとばっかり思っていた。その後数十年経って見たら、最初に人間を撮影し、動きをフルアニメにおこしたような映像で、つまり、CGのない時代に、人間の動きをするアニメを作っていた(※ロトスコープという手法。最近ではアニメ映画「音楽」で大変素晴らしく活用された。)!のでまた驚いた。そしてこの作品が戦前のものと知ってまたまた驚くことになる。自分が見た1979年にテレビ放送されたバッタ君の声は神谷明であった。しかし、なぜか自分の周りにこのアニメを見た子供がほぼいなくて、当時もその後も話題にすら上ることは無かった。時を経て、宮崎駿や高畑勲、庵野秀明までもがこのアニメに影響されているということが判明すると同時に、2009年にはスタジオジブリの仕切りで58年ぶりに日本での再上映となり、その後HD版がDVDでも発売されたりなんやかんやで再評価された。そしてこの映画を作ったのがなんとポパイとベティのフライシャー兄弟であった。ほんでもってマックス・フライシャーの息子こそ『ミクロの決死圏』を監督したリチャード・フライシャーである。


◯さて今年は鉄ドンが無上映となったので、当然物販も無販売であった。ほんとはここで新しく作った本を売りたかったが、これまたコロナと大人の事情で発売が延期となってしまった。来月には出せるといいですね‥。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント